2021年度第2回人文情報ユニット研究会を開催

 2021年12月13日(月)、Zoomにて今年度第2回の人文情報ユニット研究会を開催しました。「みんなで翻刻」を皮切りとして、歴史資料データの蓄積にクラウドソーシングを活用する事例が増えつつあるが、本研究会は「歴史系資料アーカイブの「クラウド」を問う」をテーマとして、人文系クラウドソーシングプロジェクトを推進する研究者を対象に、クラウドソーシングの運用にまつわる課題やノウハウを共有することを目的としました。すでに人文情報ユニットでは、昨年度に「人文系クラウドソーシングの受容と展開及びその課題」という研究会を実施し、專門家以外における歴史・文化研究の例について議論を行っているが、本研究会はより実践的な観点から人文系クラウドソーシングの運用上の課題について知見を共有しています。なお、本研究会は前日まで開催されていた「人文科学とコンピュータシンポジウム(じんもんこん)2021」にて発表された研究報告を踏まえたものになっています。

 第一報告者の小風氏、中村氏からは、両氏が2021年2月に公開し、以降も開発・運用にあたっているクラウドソーシングシステム「『百科全書』典拠作業アプリ」についての報告がありました。このプロジェクトは18世紀フランスで編まれた『百科全書』がどのような文献を典拠として書かれたものであるか分析することを目的としており、フランス語の『百科全書』原文に含まれる典拠情報を参加者がシステムのフォームから登録する仕組みになっています(図1)。入力した典拠情報から著者の共起ネットワークが描画されるなど、参加者が作業成果を視覚的に把握するための工夫がなされている。小風氏によれば、当初は『百科全書』研究会参加者のみがデータ入力に参加していたものの、説明会等のイベントを通じて徐々に参加者コミュニティが拡大しつつあるといいます。今後、日本国内のフランス語学習者や、国外のフランス語母語話者に参加の輪を広げるといった展望が語られました。

 第二報告者の橋本は、実業家渋沢栄一の写真資料にアノテーションを付与するクラウドソーシングプロジェクト「渋沢栄一フォトグラフ」について説明しました。このプロジェクトは、2021年度総合資料学奨励研究国立歴史民俗博物館総合資料学奨励研究「市民参加型プラットフォームによる写真資料のデータ構築と活用」の成果として、渋沢栄一記念財団と共同で進めてきたものです。渋沢栄一の事業と生涯については全68巻からなる『渋沢栄一伝記資料』が刊行されていますが、このうち別巻第10は写真にあてられており、渋沢栄一の生涯を追う形で700点あまりの写真資料を収録しています。「渋沢栄一フォトグラフ」は、これらの写真に登場する人物や撮影場所を特定しメタデータとして付与することで、学術資料としての価値向上に繋げることを目的としたプロジェクトです(図2)。このシステムは12月11日に一般公開されたばかりですが、プロジェクトの広報については苦戦しており、開発者も含めて20名程度の参加者数に留まっています。同様に広報について課題を抱える「『百科全書』典拠作業アプリ」の開発者とも広報戦略の難しさについて意見交換が行われました。 このように人文系クラウドソーシングを成功させるハードルはいまもって非常に高く、参加者のモチベーションなど技術的には解決が難しい問題もあり課題は山積している状態です。しかしながらクラウドソーシングが人文資料を対象とした研究の技法として認知され、そこかしこでプロジェクトが立ち上がっていることは、日本のデジタル人文学にとって大きな前進であると言ってよいでしょう。本研究会の議論が、今後の人文系クラウドソーシングのさらなる発展に寄与するものとなれば幸いです。

【日時】2021年12月13日(月) 13:30~16:30
【会場】オンライン(Zoomを利用)
【プログラム】

報告1小風綾乃(お茶の水女子大学)・中村覚(東京大学)
「『百科全書』典拠研究アプリのクラウドソーシング化に向けた取り組み」
報告2橋本雄太(国立歴史民俗博物館)
「写真資料のクラウドアノテーションシステムの開発:『渋沢栄一伝記資料』別巻第10を事例に」
総合討論司会:後藤真(国立歴史民俗博物館)
図 1「『百科全書』典拠作業アプリ」の典拠データ入力画面
図 2 「渋沢栄一フォトグラフ」のアノテーション入力画面